とりあえず今日を乗り切りましょ





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エニシ :: 2011/03/03(Thu)


             お見舞いの鶴 


いくられセガレのお教室の先生が
救急車→ICU(大動脈裂傷)→10日の時を経、ようやく一般病棟へ。 

生徒家族でお見舞いに。
それぞれ(病室にとっても)負担のない数の鶴
(いくられセガレはペガサスとケツァルコアトルスその他混入)を糸を通して持参、
ロビーでみんなの分を一連に纏め いざ病室へ。

ご高齢(御歳72)とは思えない精力的なお方で、
今回の裂傷の方向及び損傷の大きさ等、幸運だったと。よかったよかった!
そしてご自身自ら手術を回避する選択をなさり、
医師の方も、先生の生きるご方針汲み取られ、そのご意思を尊重。すばらしい。

...そして、
やむをえずお教室を閉じられるとのこと。

いつまでも続くと錯覚していたお教室。
いくられセガレ他生徒たちも、幼い横顔に神妙な面持ちをたたえ、
先生のお言葉と気持ちを受け止める(泣)。


翌朝。
いくられオットとちょっと喋る。
現在24h中、朝の10分ぐらいを互いのやりとりに使う。

彼は彼で、前日の出会いを話す。
二回の別離を経た後の三度目の結婚生活をしている女性と、
書類上は8回配偶者を変えた(実質は13回ぐらいとか)男性を父に持つ、初婚で二十数年経た男性。

いくられ夫婦の噛み合わぬ会話は続く(笑)

「多情に生きる をテーマにして生まれてきたのかねー」
「エネルギーあるよなー!」
「別れって、やってくるんだねー... ○○先生のお教室閉じちゃうのは寂しい。」
「そだな。そいえばいくられも職場3月で終わりだねー。」
「ハケン社員にとって、いい職場でした。通勤途上の景色が名残惜しい。」
「名残惜しいのがケシキときたか! 名残惜しいってったら、オレはロメオと別れるのがつらかった!」
「ここでクルマでてくるか! ま あのときはいくられセガレ優先だったからね。よくお別れしましたね。
あ 時間だ。いてきまーす!」

車に乗り込み走り出してから ふと反省する。
もう9年も前か。
いくられセガレが生まれて、いくられオットは愛車を売ったんだった。
あの時彼の決心を知っていたけれど、実行の事実も残ったけれど、
あの時彼の気持ちの痛みにそれほど頓着してはいなかった。
彼も今だから つらかった!と諧謔的にいえるのだろう。

感情に寄り沿うことの難しさ。
悪かったな。

でも。
今なら当時の気持ちを充分理解できるかと問い直してみると。

多分ムリだろう。

先週末、いくられセガレ学童お泊り会を機会に、
いくられ、捨て置けぬことがあって、数年ぶりに夫婦ミーティングを要求したんだった。

確認したのは、
夫婦は一番近くにいる究極の他人ということ。
あまたあるヒトの中から特定のヒトを選び、
このカンケイを続けるフシギと そして 実践による研鑽。

互いの違いを認識できるよう、報告しあう努力を行うことを結論とした。


夫婦一代
親子は二代
師弟三代

とはよくいったものだ。生まれ変わりの代数、まこと象徴的!
 

こうしてヒトは 一人では解決できないテーマを設定し
皆の折り鶴を集大成させるが如く 人とのエニシを紡ぎ、
感情と意思を浄化させ 昇華させて 魂を磨き上げて…


いるのだろうかはたして???


立ち戻って、今生のいくられ、
この 何でもありの混沌とした世の中を乗り切る為に

今まで生きてきて備えたものは???


いい加減さ(笑)と勇気!!!



さぁて 何でもこいです?!?!?!


タマシイ、磨きましょうぞっっ。
 



いくられ 拝








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オハナシ?!?! -立春の佳き日に- :: 2011/02/04(Fri)

--*--  --*--

ムカシムカシ、

立春のよき日に

慶事がございました。

タロウの家に、ハナコが嫁ぐ日がやってまいったのでございます。

その日は大雪で、タロウの集落に通ずる道を
花嫁ハナコを乗せた人力車は通ることが出来ず、
一同車から降り、雪深き道を、お付きのものが花嫁のために雪をよせよせ、
進んだそうでございます。

待ち望む集落では、一刻をとうに過ぎてもなかなか到着せずの嫁集団を訝しがり、
タロウは お嫁さんが逃げてしまったのだと覚悟したとか。

それでもようやく何とか到着したお嫁様ハナコ、
つのかくしでうつむいて進んでいると申しますのに、
村の子どもたちがわらわら寄ってきては顔を下から覗き込まれること尋常でなく、
まことにヘキエキしたそうでございます。

もっとも、
当時はヨメミ(嫁見)ともうしまして、
挙式やら宴会やらに、招かれざる客らが家の窓越しに背伸びしては見い見いし、
人だかりができるのは普通のことだったそうでございます。


雪のしんしんと降り積もる中、
式は はた目にはつつがなく終わり 
ハナコの婚家での生活が始まりました。

時々納屋のほうに
お膳らしきものを運んでゆくシュウトメ トメの姿を目にしましたが、
さほど気にもならず暮らしを進めておりました。


数週間後、 その納屋から
女性があらわれました。
満州帰りの出戻りの、タロウの叔母です。

いづれは顕かになるというのに、
家族を隠してまでお見合い話を進めた、
太平洋戦争にてオットを亡くしたトメの
お家存続の心意気やいかに と はた目からは感ぜられます一方、
当時のハナコのオドロキの心境 いかばかりかとも、思いを馳せるものでございます。

 
遡りまして。。。
トメは、かみさま(地域の祈祷師)に頼んで、
息子の嫁探しをしたそうでございます。

祈祷師は
「○×の地域に、ハナコというムスメゴがおるようじゃ」
とおっしゃったそうにございます。

そうしてヨメミ(候補者の見定めもそういったらしい)に出向いた当日のタロウを、
と申しますより、
そういった制度と親の意向を、
うら若きムスメゴ ハナコは拒絶し、
こともあろうに こっそり縁側からはだしで逃げ、
公衆電話から敢然と仲人に電話を掛け、
お断りの主旨を伝えたとか(笑)。


それでも結局ハナコは嫁にまいりました。
嫁いでみればこのヒト 優しいわ と思ったかどうか。。。

そうして、幾多の困難を乗り越え 
叔母にあたる ミヨと、 シュウトメ トメ ともどもを長年介護の末看取り、
喜びも悲しみも幾星霜、
タロウとハナコは今日まで寄り添い 生きております。

今日は佳き日かな 

タロウとハナコの 結婚記念日でございます。

--*--  --*--




以上、

人力車をタクシーに変換すれば 
いくられ両親の ノンフィクション物語と相成ります。
隔世の感あり。

ムスメとして思いサマザマ。
当人たちは淡々としていますが。 

これからの世の中、
いまだ人類が経験し得ない出来事が待っていようといまいと、
この、戦争を潜り抜けた諸先輩方々の胆力を受け継いで

進んでゆきたい。



いくられ 拝


















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風物詩?!?!?! :: 2010/11/26(Fri)

まじめな実家両親は、
今年も粛々とインフルエンザ予防注射を接種した。。。orz

「これやると、オレも母さんも、一週間ぐらい調子がよくないんだよね」と父。
「そだよー それ 体によくないって最近やめるヒト増えてるんだよー。」
とやんわりと言ってみたりする。 
来年はも少し早めに警告してみよう。

尊敬するいくられ父は、 
誠実で温厚な一般Pである。
世の中が情報操作に溢れているなどとは
考えたことも無いだろう。

しかし、戦争を潜り抜けてきた苦労人の精神と体は
鍛えられている。

前立腺がんに罹患したのが二年前。
その医療措置に疑問を呈し、
定期的な抗ガン治療の数値を観察し続け、
他の臓器に負担がかかっていることを担当医に提言、
(気づけよ担当医!)
薬をやめると宣言、実行!
この夏、
数値を正常に戻したツワモノである。
カラダと心のコミュニケーションが
できている。

こんな 嘘だらけの世の中なのに、
頼もしい限りだ。


このたび、
そんな父親のむすめとなって生まれたいくられ。

そして人のオヤにもなった。

この大荒波の世の中にやってきた
勇気あるいくられセガレ世代の魂たち。

彼らとて、騙される為に生まれたわけではあるまいに、
既に情報操作に侵され始めている。
この子達を守りながら、

世間の事情をいろんな角度からみて、

何事によらず依存せず、乗り切っていきたい。
 




いくられ 拝





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イクラレセガレ(?!)話 :: 2010/03/26(Fri)

いくられには小学二年のせがれがいる。

イクラレセガレ、昨年秋の運動会の練習あたりから、反抗期突入。
もともと理屈っぽいタチではあるが。 ^^;

ダンスの練習を嫌い、なぜしなくちゃいけないのかとお風呂の中で質問攻め。
集団行動の大切さや、上手にできた時の達成感なんかを説明してはみたけれど、
承服しがたい顔。

運動会当日のダンスを見て判明。
ほとんど踊れてない。
それも、仲良しの子とつるんで悪ガキ状態。
こりゃだいぶ先生をてこずらせただろうなと苦笑していたのでしたが。


強く叱られ慣れてないのがいけなかったのか
(いくられは あっそ! と無視のそぶりを選ぶタチ そのあとネチネチうるさい母親なのですごめんなさい)、
小さい頃からの性質の、攻撃に対する反発心がかなり大きい のがいけなかったのか(両方ですね)、
担任の先生(男性)との相性がよくない状態がずっと続いてきた模様。

先生の注意の仕方もいろいろだし、相性もあるよな解説をその都度セガレにして、
なんとかしのいで3学期。

もうすぐ担任の先生ともおさらばだ! 状態のイクラレセガレに
いくられはちょとサビシイ感。

そんな時のこと。
夕食時に一日の出来事を尋ねた。


先生に叱られたと。状況を聞いて、
まったくもって
教育指導の一環だろうとオトナいくられは思うところを、
イクラレセガレ、
積年(って半年ですが)の感情の澱が伺える一言を。

そっぽ向いて、怒りを抑えた様子で、低い声で、こうのたまった。
「まるで僕に恨みがあるんじゃないかと思っちゃうよ。」


恨み ですって? 
こりゃ、アナタのほうが先生を恨んでますな。

感情のモンダイの
なんとシブトイことよ。

そんなわけでいくられ介入(手紙かきました^^;)。



結果、
介入してよかったと。


手紙を提出した翌朝、担任の先生、
いくられからの手紙を先生がもらったことをイクラレセガレが知ってるかどうかを
本人に確認した後、
「先生の伝えたいことがきみの心に届いていなかった。嫌ってなんかいない。大好きなんだよ。」

とおっしゃったと! (夕方 先生&いくられ面談の時にご報告あり)
おー! 
なんと潔く、愛情たっぷりな侘び言葉であろうか

勇気おありですねー
「大好きだよ」
の一言が功を奏した と思う。

セガレは先生が大好きだった。
大好きな先生が、特に僕につらく当たる。 先生は僕のことが嫌いなんだ。
と思い込んでたイクラレセガレ(本人の行状は棚に上げて)。

感情のモンダイは
しぶといようだが、
氷解もできるのだ!

"子供"というイキモノの、素直さのおかげも
ありますが。



ココロの問題解消した後の彼の晴れやかな日常。

あらためて、
だいぶためてたんだなー。
と感慨深かった。

そして、
今ならまだ親が介入できるけれど、
これからは難しいだろうなぁとも感じた。

自分の小さい頃を思い出してみますと。

親に悩みなんて言いませんでしたモノね。

手紙を出すと決めたから
根掘り葉掘りヒアリングしたわけで。
だから話してくれたワケでして。

「二学期はいちばんひどかった。今は落ち着いている」
と彼はいったのデシタ。

先生に手紙を出していいか尋ねた時、
「僕は解決している」
とも。この言葉にはビックリ!

先生トノコトハ、
自分ノ感情二折リ合イヲツケテ、シノイデキタンダ。
今更何ヲイワンヤ 状態。
 
極めつけに、
「(手紙を書くも書かぬも)いくられが好きにしていいよ」
と承諾までイタダキマシテ。
 


小学二年、すでにココロは単独航海を始めておりマス。


少しさびしいが
頼もしくもある。

いくられは

キミに寄り添って
すすむぞよ。





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